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山口歯科Blog | 大阪 天満・天神橋の歯医者さん

山口歯科より大阪市北区周辺の患者様に贈る歯の情報BLOG

2010年

06月19日

(土曜日)

院長の妄想!ラスト

こんにちは
院長の山口です。

梅雨にはいりましたねー。蒸し暑い日が続きます。
先週末くらいから、鼻水と咳が止まらすにいたので内科で診てもらうと、咽頭炎と診断されお薬を飲んでいたのですが、なかなかしつこくで困っています。

やはり年を取ったんだなーと感じてしまいました。


さて、またまた前回の続きであります。

100616_1752~0001
これがよく言う「ダイヤ表」であります。
これをもとに数字で時間を書いたものを「時刻表」にしているのです。
「ダイヤ表」の一番いい点は、上り、下りとも一緒にみれるので、どの駅でどんな列車とすれ違うか、または追い越されるかがわかることでしょうか。(どーでもいいですね)

これは明治42年の北陸線のダイヤ表で、左側の上から下に駅名が書いてます。上から醒ヶ井、米原、彦根、それでまた米原。

その下に長浜・・・・敦賀・・・・福井・・となっています。縦軸の間隔は1時間を表していますので、これを見ると、米原~敦賀で約2時間弱、敦賀~福井で約2時間20分くらいかかっているということが分かります。


北陸自動車道を米原から福井の間を走られた方はご存知でしょうが、滋賀県木之本インターあたりから敦賀の間、また敦賀インターから今庄インターの間はとても勾配がきつく、「峠越え」の感が強いと感じられると思います。

実は、この北陸自動車道の木之本~敦賀間はほとんど昔の北陸本線に沿って作られているのです。

自動車で走れば、坂道だって100キロくらいでも余裕で走れますが、鉄道は当時蒸気機関車。しかもほとんどこの区間は25‰(1000メートル走ると25メートル上昇)の勾配だったので、それはそれは難所であったそうです。

当然、駅は坂の上に作ることは出来ないので、駅のホームは水平に作ります。こういう駅を「スイッチバック」と呼び、一旦本線の勾配から水平な駅に入り停車・・そしてバックして本線にもどり発車・・みたいなことをやっていたわけです。

最初に書いたように北陸線の物流輸送量は非常に多く、単線で蒸気機関車が引っ張るには容量が足りません。

ですから、この写真のように1列車でたくさんの貨物を運ぶために機関車を2両、3両とつないで難所を越えていたのです。


そこで当時の北陸線の写真を探してみると・・・
100616_1256~0001

これは、刀根駅(現在は廃止)で、右側から向かってくる旅客列車は、峠のサミット付近の柳ヶ瀬トンネル(これは北陸自動車道にも同じ名前のトンネルがあります)をくぐって下ってきているところで、福井方面に向かっています。
ここが本線です。

左に見える列車は、刀根駅に退避中の米原方面行きの貨物列車です。ここは水平になっているので、右側の下り列車との高度差が一目瞭然ですよね。後向きの機関車は「補機」といって、うしろから列車を後押しする役目があります。

この旅客列車が通り過ぎると、退避していた貨物列車は一旦バックして、勢いをつけて峠を上っていくわけです。


そりゃこのままでは輸送効率も悪いと言うことで、昭和32年に現在の近江塩津経由の線路ができたわけです。


こんなふうに、その地方の歴史や、地形、経済発展などに関係しながら鉄道を見ると面白いなと思うわけです。

ちなみに現在「刀根駅」はどうなっているかというと・・・
100616_1359~0001

その跡地は北陸自動車道の刀根PAになっているわけです。

北陸自動車道を通ると、トイレもしたくないのに刀根PAで降りて、半世紀以上昔に繰り広げられた峠越えの死闘の光景を「妄想」してしまったりします。


3回も続いてまったくしょうもないお話を読んでいただきありがとうございました。

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2010年

06月17日

(木曜日)

院長の妄想!2

こんにちは
院長の山口です。

では、前回の続き・・・

私の両親は福井県敦賀市で、私の田舎といえばここになるのでしょうか・・
田舎に限らす、人って自分の縁のあるところの歴史なんか少しくらいは気になると思うんです。

それは小学校の時に社会科の授業で必ず「自分の住む街」みたいな授業があり、好き嫌いはともかく勉強しますもんね。

自分の好きなアイドルやスターの方のいろいろな過去のことを知りたくなるのと同じことだと思います。


話がずれましたが、敦賀市を見ると、人口も5~6万人の小さな街なのに、駅構内はとても大きく、以前は全列車が停車する事実を考えると、この街はどうして今のようになったのだろうとか、この駅の構内の大きさの理由は何だろうとか・・・なぜ東京からの直通列車が敦賀まで走ってたんだろうとか・・・・妄想(?)するわけです。


いろんな文献からすると、この地に鉄路が引かれたのは明治17年だそうで、新橋・横浜間の鉄道開通が明治5年ですから、その後12年後にこの田舎町に鉄道が引かれたわけです。この時期に鉄道がひかれていたのは、東京~横浜、神戸~京都~大津、手宮~幌内くらいですから(間違ってたらすいません)いかに政府はここへの交通路を確保したかったかがわかります。

100616_1356~0001
これは明治中期くらいの敦賀市の地図ですが、これを見ると現在の敦賀駅とは位置が違います。

当時は北陸、北海道からの農作物や海産物の輸送は、敦賀港まで船で運んで、鉄道を使って、現在の滋賀県長浜市まで輸送していました。
ここからは琵琶湖を利用した海運を使用し、大津まで運び、そこから当時京都から伸びてきた東海道本線を利用して京都、大阪へ輸送していたとのことです。

また、ここからソ連のウラジオストックまで定期航路もあり、港町としてはかなり栄えていたのでしょう。
昔から、海外貿易港として、また北陸と関西との物流は盛んであったことから、政府としては早く鉄道を引きたかったということでしょう。


つまり地図から、最初は鉄道は敦賀港を目指していたことがわかります。

100616_1355~0001

この地図は明治終わり頃の敦賀市ですが、これをみると駅の位置が大きく南に移転し現在の位置に変わるとともに、右上のほうに鉄道が伸びています。

現在の北陸線としてさらに福井、金沢方面へ開通しているわけです。


こんなふううにして、地図や時刻表やいろんな文献を見ながら「鉄道」を見るのが好きなのです。

まだもうちょっと続かせてください・・・・




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2010年

06月16日

(水曜日)

院長の妄想・・・

こんにちは
院長の山口です。

先日、東京で3-MIXの勉強会があり行ってきました。
この日は、新橋で泊まったのだが、新橋と言えばよく「一杯飲んだサラリーマンがインタビューされている場所」というイメージが私にはあって、サラリーマンの街!みたいに思っていました。

でも、それは新橋駅のどちらかというと西側で、東側は今まで行ったこともなかったので、ちょっと時間を見つけて歩いてみました。

昔はなかった高層ビルがいっぱいあり、読売テレビもあり、駅の西側とは違う景色でした。

元々はこのあたりは昔の新橋の貨物ヤードがあった地域でその後地が開発されたようです。



以前にもちょっと書きましたが、私は鉄道好きの父の影響もあり、ひょっとしたら人より鉄道に詳しいのかもしれませんが、私が鉄道の中で興味があるのは、「歴史」と「ダイヤグラム」でした。

明治維新以降、日本の発展と鉄道は切っても切れない縁があり、何故そこに線路が引かれたのか?何故廃線になったのか?・・

などを地図を見ながら考えたりすることが結構すきですね。


と言うわけで・・・

新橋に来たのだから見ておきたいものがあるってことで、日本鉄道発祥の地である、旧新橋駅を見てきました。

高層ビルの陰にひっそりと復元された「新橋停車場」を見ながら、新橋から横浜(現桜木町)まで50数分で行ける様になった当時の人々の驚きを想像してみると、結構楽しかったりするのであります。

まあ、単なる妄想ですね・・・(笑)

次から、例えばどんな風に鉄道の「歴史」と「ダイヤグラム」で遊んでいるか、書いてみますね。


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