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山口歯科Blog | 大阪 天満・天神橋の歯医者さん

山口歯科より大阪市北区周辺の患者様に贈る歯の情報BLOG

2018年

01月31日

(水曜日)

高松駅から讃岐うどん食べ歩きへ!・・・続き・・・

こんにちは
院長の山口です。

さて、高松に着いたらまずは讃岐うどんでしょう!ということで早速食べに行きます。

駅にあった案内所で「讃岐うどん」お店がかいてある観光マップを見ます。
市内だけでもたくさんあるので、案内所の方にお勧めのお店を聞いて、まずはそこからスタートしました。

まずは、街の中心街あたりにある「植田うどん」さんへ。
CIMG1462.jpg

びっくりしたのは、うどん屋さんはどこも比較的朝早くからオープンしていることでした。
まずは単純にうどんのみでトッピングなし。(ねぎはあり)

CIMG1461.jpg

うん、おいしい!
つるっといけました。

うどん大好き!の子供のはこんなにタップリのトッピング!
IMG_1686.jpg

お腹を空かして来てますので、気持ちはわかります(笑)
「待て待て!まだ始まったばかりだから!」
と忠告しておきましょう!

さて、その足ですぐに違う店へ!

商店街のアーケードの中にもたくさん讃岐うどんのお店があります。
その中の一軒へ!

お店の名前は「こんぴらや」さん。

CIMG1463.jpg

これはいけません!
食べたい気持ちはわかります(笑)
IMG_1683.jpg

いよいよ天ぷらまで手をだします!
IMG_1679.jpg

これがまた食べられるもんです!

さて、さすがにさらに続けてはきついので、ちょっと観光がてら歩きます・・・

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2018年

01月30日

(火曜日)

高松駅から讃岐うどん食べ歩きへ!

こんにちは
院長の山口です。

私は実は大学を卒業するまで四国に行ったことがありませんでした。
家族旅行では日本最西端駅である「平戸口駅」まで行ったこともあるのに、四国に渡ったことはありませんでした。

当時は、四国は本州との橋もなく、基本船に乗る必要がありました。

鉄道で行くとすれば、山陽本線岡山駅まで行き、そこから宇野線に乗り換えて、終点「宇野駅」まで行き、そこから、「宇高連絡船」という国鉄の連絡船に乗り換えて、高松に入るのが一般的なルートでした。

高松駅は、四国各方面への列車がずらっと並んで、連絡船のお客を待っていたものでした。

・・・と言っても当時行ったことがないので、雑誌などで見るだけでしたが・・・

かの有名な鉄道紀行作家の宮脇修三先生風でいくと、

「宇高連絡船から高松駅に降り立つと、頭端式ホームに、徳島行、高知行、松山・宇和島行の各急行列車がずらりと並び、讃岐うどんのコーナーには白い湯気が立ちあがっていた・・・」

みたいな描写があり、高松に行ってみたいなと思ったものである。
ウィキペディアに昭和の高松駅の写真があったので、拝借致します。

Takamatsu_Sta_inside_1982.jpg
頭端式ホームというのは、関西では阪急梅田駅みたいなホームである。

今もあるのかわからないが、昔の上野駅の長距離列車発着ホームもそうでした。

話はずれましたが、高松駅は本州から来た客が徳島、松山、高知ヘ向かう出発駅でもあったわけです。
これは約50年前の時刻表です。
IMG_1979.jpg

松山・宇和島方面の予讃本線は、急行「うわじま」「いよ」
高知方面の土讃本線へは、急行「土佐」「あしずり」

と急行列車が発車していきます。

四国に特急列車が登場するのは、新幹線が岡山開業した昭和47年でした。


CIMG1456.jpg
これが現在の高松駅。
頭端式ホームは健在ですね!

CIMG1455.jpg
これは駅のコンコースから見た改札口です。

広くて明るく開放的な駅になってました。

CIMG1457.jpg

ホームには、高徳線(・・昔は高徳本線だったと思うが・・)の徳島駅を結ぶと特急「うずしお」が停車中です。
CIMG1458.jpg
例によって何という形式の車両か(高徳線だから気動車だよな?)さっぱりわかりません

さて、高松駅を後にして、うどん食べにいくぞーっと!

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2018年

01月27日

(土曜日)

青い流れ星!・・の再現・・

こんにちは
院長の山口です。

私は鉄分が多いですけど、ほとんど詳しいことはわかりません。
この形式はここの場所に配属されてたとか、ここの所属の車両はこのような改造をされてたとか・・・

ですから雰囲気で満足できるタイプの「ユルイ」鉄分なのです。

IMG_1634.jpg

私が小中学生の頃、京都、大阪から九州方面に走っていいたブルートレイン(寝台特急)は、「EF58」型直流型電気機関車が牽引していた記憶があります。

東京⇔九州を結ぶ寝台特急は、「EF65-500」型という電気機関車が牽引していましたが、「EF65-1000」型もちらほらみられるようになった頃です。

当時関西発のブルートレインは、機関車の前に付ける”ヘッドマーク”を付けてない記憶がありました。

IMG_1635.jpg

これは、24系25型で、しかも、100番台という寝台客車ですね。
昭和50年前後に寝台車の改善が始まり、従来の3段寝台から、2段寝台に移行して行く頃でした。

それまでは、B寝台車(まあ昔の3等寝台車)の寝台幅は52センチ!高さは約70センチでしたから、2段寝台(幅は約70センチ、高さ約1メートル)はとても広くなり着替えも楽にできるものでした。


このころは、「ブルートレイン」は超人気の列車なのでした。
わかるかなー?
わかんねーだろうな(笑)
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2018年

01月23日

(火曜日)

山本リンダさん、観てきました!

こんにちは
院長の山口です。

今年のある新年互礼会。
日本の中小企業、個人事業主の経営サポートを提供する団体であるが、今年も参加してみました。
経済評論家(テレビなどよく出ている著名なかたです)の講演会の後、懇親会があるのです。

来賓は大阪府知事から各市長、国会議員や大阪府市会議員、各団体の代表などかなりの方が来られてました。

でも今回の私の目的は・・・
その後の余興が見たかったからです(笑)

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そう、山本リンダさんがゲストだったからです。

山本リンダって最初に売れた頃、「こまっちゃうな」という歌がヒットしたころは私は全く知らなくて、その後「狙い撃ち」とか「どうにもとまらない」とか歌っておられたころにかろうじてテレビで見てたという感じでしょうか。

あと、私が当時大好きだった「仮面ライダー」にも出演されてました。

調べてみると、「どうにもとまらない」「狙い撃ち」は、昭和47年~48年頃。
まだ、小学3年生頃?
この頃、どちらかというと天地真理さんのほうがよくテレビに出ていた気がします。

でも、その頃の山本リンダさんのイメージは結構しっかり残っていて、ぜひ最近のお姿を見てみたいと思ったのです。

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動画だけNGでしたので、写真はOKということで皆さん携帯で写真撮ってました。

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これは、言わずと知れた「狙い撃ち!」のポーズ。

会場は大盛り上がりでした。

私より年配の方でないと中々全盛期の山本リンダさんのことは知らないかもですね。
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2018年

01月21日

(日曜日)

朝風呂と函館本線・・みたいな・・

こんにちは
院長の山口です。

日曜日なのに、というかお休みの日でも朝は早く目覚めてしまう私です。

朝食を食べてる時に、
「今日は朝風呂でもはいるか!」
ってことで、此花区にある 「上方温泉 一休」に行こうと思いました。
ここは日曜日は朝風呂をやってて、朝8時からやってるらしい。
扇町から30分もあれば行けるので車に乗って出かけました。

7時50分頃に着いたのですが、もう結構駐車場は車が停まってて、入り口にも結構な人が並んでました。

そのせいか、今日一日は体がポカポカでした。

それから、また「ブツ」を走らせます(笑)

IMG_1585.jpg

左は、455系交直流急行型電車ですね。
やはり北陸本線の、「立山」「ゆのくに」「くずりゅう」のイメージです。

右側は、DF50型ディーゼル機関車。
これも最初は北陸線の補機として使用されていましたが、その後は山陰線、福知山線、四国の予讃線、土讃線にも配置されました。

有名なのは、九州の日豊本線の宮崎⇔西鹿児島(現鹿児島中央)で寝台特急「富士」「彗星」というブルートレインを牽引してたことでしょうか。
この2ショットは京都駅、大阪駅で見られた光景かも。

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これは、左側は、C623型蒸気機関車。
C62型はC622+C623の重連で活躍した急行「ニセコ」で有名です。

わたしが大学を卒業する直前に、C623号機での、復活急行「ニセコ」号で小樽⇔倶知安を走ってました。

卒業間際の忙しい中、函館本線の小沢駅まで車で見に行った記憶があります。
しかも山口線を走るSL「やまぐち号」とか、米原⇔木之本を走るSL「びわこ号」のような現代の客車をひっぱるのでなく、古い旧型客車5両を牽引していた「ニセコ」号。
まさかこんなすごいものが見れるとは!
(残念ながら写真は残っていいませんが)

IMG_1637.jpg

これは左側はD51型蒸気機関車、右手はC623型。
この組み合わせは、函館本線ではよく見られた光景ですね。
ただし、敦賀型集煙装置はありませんでしたが。

さて、つぎは何を走らせようかなっと!

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2018年

01月19日

(金曜日)

Journey of a Songwriter 以後の浜省の話・・・浜省会とMusic Bar SHOGO・・・

こんにちは
院長の山口です。

またまた浜田省吾さんのお話です。

昨年、いつものように(笑)とある店のカラオケで浜省を歌っていると、店の方が、
「お店に来ている他のお客様で浜省のファンがいて、その方は”浜省会”に入っているそうよ」
と言われました。

「ん?浜商会?」
「・・・浜省会!」

みたいな感じで教えてもらったのですが、要は公式なものでなく浜省が好きでカラオケで歌いまくる有志の集まる会らしい。

後日、その方とお会いする機会がありまして、

「近々”浜省会”があるので行きませんか?」
「ぜひ、行ってみたいです!」
てなことで参加させていただくことになりました。

会員は十数名いらっしゃるようで、皆さん色々なお仕事をされている方々です。
要はカラオケのある店を借り切って、浜省を歌いまくるのですが、ルールがあり、

”同じ歌は歌わないこと!”
”有名な曲はなるべく歌わない!”

まあ、それだけだそうです(笑)

あと、お店を借りる場合は、お店の方が浜省ファンのお店を選んでいるようです。


でも、調べてみるとこのような集まりを作って歌ったりしている会は浜省に限らず全国にあるようですね。


それで、今回の場所は、「MUSIC BAR SHOGO」っていうお店とのこと。
場所は神戸三宮にあり、浜田省吾のファンのママさんがオープンした正に浜省オンリーなお店でした。
このママさん、ストリートミュージシャンもされていてしかも「浜省しかやらない!」との事!

・・・聞いてみたい・・・

生田神社近くのビルに入っていくと・・・
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おおっ!
まさにSHOGO!
でも、このようなお店どうやって調べたんだろう・・・

お店の中は、

IMG_1828.jpg

おおっ!
まさに省吾一色!!
トイレに行くと・・・

IMG_1826.jpg

壁一面浜省の写真!

コースターがまたスゴイ!

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すごいので、コースターを集めて写真を撮りました。

さて、カラオケ大会の始まりです。
あっという間に、デンモクの予約は埋まってしまいました!

でもすごい!
さすが会員の方々はどの曲もみんな知っているので、一緒に歌う人、ハモる人、踊る人・・・ テンション高い!

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また、今年も近々あるらしい・・・・
私は仕事終わってからなので、今度は参加できるかどうかわからんけど。

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最後はお店の前で集合写真!

皆様方は、歌い足りないのか飲み足りないのか・・・三々五々夜の三宮の街へ消えていきました。

私?
私はラーメン食べて帰りました

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2018年

01月17日

(水曜日)

模型で再現?北陸本線・・みたいな・・

こんにちは
院長の山口です。

ある休みの日、とりあえず床にレールを敷き、父より預かったブツを検品がてらレールに置いてみる。

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レールはKATOの道床付線路。
プラスティックでレールはNゲージ用のレールと共用か?
線路が細く感じます。

左に並んでるのは客車列車。
手前から、郵便車+オロネ(A寝台車)+スロ(グリーン車)+スハネ・オハネ10系(B寝台車)×4両+スハ(普通座席者)

昭和時代に見られた大阪や上野などから出発する夜行急行列車をイメージしてます。

・・・・イイね!・・・・・

何で牽引すればいいか・・・

IMG_1584.jpg

EF70(1次)型電気機関車。
北陸本線交流電化に際し登場した、ED70型の後継機?
2次型はヘッドライトが2つ目であった。
当然所属は「敦二」!・・・貼ってないけど。

・・・・懐かしい・・・・・・

ということは、列車名は急行「越前」?急行「能登」?・・みたいな・・(笑)
どちらも乗ったことはない。
だって、「越前」は上野↔福井、「能登」は上野↔金沢(ともに直江津経由)だし!

えっ?
郵便車でなくて荷物車だって?B寝台は4両も連結してないって?

細かいことは気にしない(笑)
雰囲気ですから!!

機関車を変えて・・・・・
急行「十和田」(上野↔青森)、急行「八甲田」(上野↔青森)、急行「津軽」(上野↔青森)・・・みたいな・・・
それぞれ、常磐線、東北線、奥羽線経由でしたね・・
もちろん乗ったことはありません。

EF58型直流電気機関車あたりに牽引させると・・・・
急行「阿蘇」(名古屋↔熊本)、急行「天草」(京都↔熊本・筑豊線経由)。急行「日南」(京都↔都城)、急行「雲仙」(大阪↔長崎)、急行「西海」(大阪↔佐世保)・・・みたいな・・・

次、行ってみよー♪

IMG_1631.jpg

これはまさしく北陸本線!
普通列車を退避させて通過する特急「雷鳥」!

これは子供の頃、当たり前に見てた光景です。

子供の頃は特急なんてほとんど乗せてもらえず、福井の田舎に行くときは、京都から普通電車で米原まで行って、北陸線に乗り換えてというのが当たり前でした。
湖西線はまだ開通してなかった頃、北陸線はまだまだ普通列車と言えば機関車が引っ張る旧式の客車列車でしたから。

「雷鳥」は当時は12両編成で、グリーン車2両、食堂車1両という超豪華な特急列車でした。

このブツはヤバそうです!
しばらく楽しめそうです(笑)
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2018年

01月16日

(火曜日)

Journey of a Songwriter の頃の浜省の話

こんにちは
院長の山口です。

たしか私は、2014年頃に浜省のファンクラブに入会しました。

経緯としては、浜省ファンのお店の方が、その前の年(はっきり憶えてないが・・)に大阪城ホールに来たのでコンサートに行ったという。
そして、2015にアルバムを出して「ON THE ROAD 2015」ツアーをすると聞いたので、行ってみたいなと思たのだが・・・

このツアーからか、コンサートはファンクラブに入らないとチケットが取れないということがわかったので、とりあえずファンクラブに入会したのでありました。


この年の大阪は「フェスティバルホール」、神戸は「国際会館」 各2日ということでしたが、それも抽選で当選するかわからないくらいの状況。
浜省はファンクラブの方相手にコンサートするだけで、年30数回、日本中を回れるんだと思ったもんでした。

当日は祭日だったので、余裕をもってフェスティバルホールへ。
浜田省吾2015フェスティバルホール1

IMG_0848.jpg

入場も大変!
ファンクラブのカードにチケットデーターは入っているので、紙チケットはなし。
そのカードとあらかじめ指定しておいた身分証明証(免許書とか・・)を提示してやっと入れます。

IMG_0849.jpg
入場までの列に、月亭方正さんのお花もありました。

浜田省吾2015フェスティバルホール4
やっと入場!
会場は満席!
写真はここまで(笑)

ナマ浜省を見るのは1986年以来!
とても還暦を過ぎてるとは思えないスタイル!歌声・・・

もうさすがに激しく走り回るようなコンサートではなかったですが、大変感激しました!

帰りにファンにつられてニューアルバム「Journey of a Songwriter 」を購入しちゃいました(笑)
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2018年

01月11日

(木曜日)

Show me your way! I'm a J.boy! の頃の浜省の話

こんにちは
院長の山口です。

「Show me your way! I'm a J.boy! までの浜省の話」の続きです。

私が大学2年目の頃、札幌に浜省が来るということで、なんとかチケットを取りました。

当時はまだネットも何もない時代。
売り出しに合わせて代理店とかチケットショップに行って買うという時代でした。

たまたま保管していた荷物を整理したときに見つかった当時のチケットです。
IMG_1898.jpg

ON THE ROAD '86
チケットの下にあるのは、会場で買った冊子ですね。
場所は「月寒グリーンドーム」。
最近閉鎖になったそう。
ちなみに、「札幌ドーム」ではありません。
でも場所的には近そうです。

「J.BOY」という2枚組のアルバムが‘86の9月に発売!
当時すごく話題になった記憶がある。
そして、アルバム発売に合わせてツアー「ON THE ROAD ‘86」が始まった。


IMG_1897.jpg

IMG_1908.jpg

コンサートは3時間~4時間近くあった気がする。
途中20分程度の休憩もあった。

一曲目から全員総立ち!
観客全員が踊りながら歌いながら・・のコンサートだった記憶があります。


このひとつ前のアルバム「DOWN BY THE MAINSTREET」
そして、「J.BOY」
その後に出た、「CLUB SURF&SNOWBOUND」
「FATHER'S SON」
「Wasted Tears」
「誰がために鐘は鳴る 」

この辺りが一番よく聞いていたので、カラオケで歌うのは、この辺りまでの曲が多いです(笑)

そしてこれ以降、しばらく浜省に限らずCDなどを聞かなくなります。

・・・卒業、国家試験、阪大入局・・・などなどで、忙しくて音楽を聴いてる暇がなかったですね。
当然まだ車のオーディオは「カセットテープ」が当たり前ですね!
レンタルCD借りに行って、カセットに落として、CD返却しに行って・・・なんで時間なくてできましぇーん!

ちなみに、この頃もまだ携帯電話なんかみんな持ってないし、学会のスライドを作るのも「パワーポイント」のようなものもなく、
ワープロ打ちしたものをプリントアウトして暗室で撮影してスライドを作っていた時代です(今では考えられないと思います)

そんなこんなで、浜省もそんなに聞かなくなっていたのでありました・・・


まだ続いたりして・・・・・
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2018年

01月10日

(水曜日)

診療時間変更のお知らせ(休診)

診療時間変更のお知らせ

1月18日(木)11:00~17:00の間、所用により不在のため休診致します。

9:30~11:00  および17:00~ は診療致します。

皆様にはご迷惑をおかけしますが何卒宜しくお願い致します。
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2018年

01月07日

(日曜日)

星野仙一さん・・・・ちょっと早すぎるやろ!

こんにちは
院長の山口です。

昨年の大みそかは不覚にも21時過ぎまでしか記憶がなく、目が覚めたら年越しおわってました。
毎年必ず「ゆく年くる年」を見るのが楽しみだったのですが、残念!


そしてお正月もほぼ寝正月🎍

元旦もお昼からずっとテレビを見てました。
12時からは、「十津川警部シリーズ 九州ひなの国殺人ルート」
それが終わってすぐに、映画「タイタニック」を続けて見てました(笑)

「十津川警部シリーズ」は言わずと知れた西村京太郎作のトラベルミステリーシリーズで、渡瀬恒彦さんが主演のものです。

他に「西村京太郎トラベルミステリーシリーズ」というのがありますが、こちらは十津川警部が三橋達也さん、亀井刑事を愛川欽也さんで始まった人気ドラマもありました。

「九州ひなの国殺人ルート」はこのシリーズの中でも人気のあったものであり、見たことはありましたので再視聴です。
「タイタニック」も言わずと知れた有名な映画で何度も観たことがありますが、これもまた再視聴です。

強引にまとめると、どちらも好き同士だった2人なのにも拘わらず一緒になれなかった・・という悲しい物語ですが、知っていながらウルウルしながら見てました



でも、年明け早々に星野仙一さんが亡くなったのはほんとにびっくりでした。
私が小学校の時に野球ばっかりし遊んでた時代の、たしか巨人のV10を阻止した中日のエースのイメージ。
そして、中日を常勝チームにした名監督。

そして、2003年の阪神18年ぶりリーグ優勝を成し遂げた神監督!

さらに、楽天を日本一にした監督!

でも、わたしにとっては星野さんは中日のイメージが強い選手・監督でした。

ただ絶対に言えることは、
星野監督が阪神に来なかったら、間違いなく1985年の優勝からずっと優勝してなかったに違いない!(笑)

星野仙一さん。
夢をありがとうございました。
そして・・お疲れ様でした

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2018年

01月02日

(火曜日)

謹賀新年!

明けましておめでとうございます。
院長の山口です。

今年も皆様のお口の健康のために頑張っていきたいと思います。

どうぞ宜しくお願い致します。

新年は1月6日(土)より診療致します。(土曜日は午前中のみの診療となります)
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