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山口歯科Blog | 大阪 天満・天神橋の歯医者さん

山口歯科より大阪市北区周辺の患者様に贈る歯の情報BLOG

2018年

02月28日

(水曜日)

”ヨ5000”とプラ車両の分解に慣れる・・かな?

こんにちは
院長の山口です。

ワフ29500型を作った時に思ったのだが、やはり鉄道模型はヘッドライトやテールランプ、列車表示灯、そして室内灯が灯っているほうがテンションが上がるし癒し効果もあるという気がしました。

そこで、前回お話した「ヨ5000」型の車掌があるので、これも室内灯を付けようと思います。

「ブツ」の中にあった「ヨ5000」型は、KATOのプラ製完成品です。
プラスティック製の車両はとても精密に見えるしそれはそれでいいのですが、デメリットとして

①分解の仕方がわからない→下手に力任せでいくと折れてしまう・・・・
②今の家電、パソコン、車もそうだが、ASSY製なので、壊れても修理しにくい→修理できない?一式で交換みたいな・・・

などがあります。


今回の車両は元々テールランプは装備されているので、室内灯のみ取り付けます。

では分解していきます。
CIMG1544.jpg

ここまで分解するのにすごく時間がかかりました。
あと、また組み立てなくてはいけないので(笑)確認しながらやります。

CIMG1545.jpg

これでバラバラ・・・  
元通りに組めるのか・・・?
透明プラ板に四角に貼ってる黄色いのは室内塗装の準備のためのマスキングです。

小さい頃、よく目覚まし時計(もちろん機械式)とかポータブルラジオとかをドライバーで分解してバラバラにして激しく怒られてました
バラバラにするのだけは得意でした(笑)

右上にある白い塊は、室内装備を模ったものです。

まず、室内の塗装をします。
CIMG1547.jpg

真ん中にそそり立つのは、ストーブの煙突です。

さきほどのプラ透明板に薄緑(よもぎ色)を縫って室内にはめ込んだ状態です。
CIMG1550.jpg

内装に色が入りいい感じに見えます・・(^_^;)

さて、室内灯に準備に入ります。

CIMG1579.jpg

一番下にある茶色い基盤が元々装着してあるテールライト点灯のためのものです。
今回は、パーツの山の中にあった、「KATO室内灯」というものを使用しました。
これはLEDではなく、電球ですね。

CIMG1580.jpg

いとも簡単に室内灯点灯!
ちなみに奥でテールライト灯しているのは、”ワフ29500”です!

あとはパチンパチン!と組上げてくだけです。

CIMG1581.jpg

あれ?やっぱり暗いかなー?

IMG_1774.jpg

これで見れば、LEDや蛍光灯でない昔の雰囲気が出ていてイイとは思うけど・・
LED(抵抗いれず)のワフ29500のほうが明るすぎるという事もあるが、やはりこの電球仕様では暗いかもですね。

・・たかが室内灯、されど室内灯・・
昔の列車は蛍光灯ではなく白熱球だったりするので、それに合った色合いにしないといけませんね。

でも、模型的には明るいほうが「映える」けどね。

というわけで、リハビリとして室内灯の取り付けを練習してみようと思います!
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2018年

02月26日

(月曜日)

”ワフ29500”と“ヨ5000”

こんにちは
院長の山口です。

模型復帰第一弾として選んだ”プラ貨車キット”の組み立て。
細かいところはこれからですが、とりあえずそれらしくなりました。
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ウィキペディアを見ますと実車の写真があるので載せてみます。
JNR_wafu29500_wafu29867.jpg

向きは逆からの写真でしが、こうして見比べるともっとディカールも含めもっと細かく仕上げないといけないと思います。
車掌室の手すりとデッキが白いほうに手動ブレーキがあるので手すりとデッキは白く塗装しなくてはいけません。

という以前に、まだ手すりが片方付いてませんね(^_^;)

私は室内にダルマストーブを設置しましたが、実車は追って石油ストーブに変更されていきます。


こういう車両を「ワフ」と呼ぶ事は前に書きましたが、純粋に車掌室だけの車掌車もあります。
それは「フ」ではなく「ヨ」というものになります。

これも写真がありましたので載せてみます。
JNR_Yo5000_14234_19850313_001.jpg

形式は、「ヨ5000型」(なぜヨ14234って書いてるの?という質問はなしにしてください(笑))
「ヨ」というのもいろんな形式がありますが、簡単に言えばこの形式から最高許容速度が高くなったものですね。

これら車掌車は東海道本線をはじめ全国の貨物列車の最後尾に連結されていました。
この「ヨ5000」型、京都鉄道博物館に国鉄時代のコンテナ特急「たから」号に使用された時の色(薄い緑)に塗られて展示されていますね。



どちらにしても、この二つの車掌車、貨車に毛が生えたくらいの乗り心地だと思うのでとんでもなく揺れただろう。
また、トイレもないし劣悪な環境での勤務だったんだろうな・・・

後に出てきた「ヨ8000」型車掌車にやっとトイレが設置されたそうな・・・


しかし・・・何故貨車の車掌車は「ヨ」と名付けるのか・・・・・よくわからん。

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2018年

02月24日

(土曜日)

”そっだねー” ”したっけ”

こんにちは
院長の山口です。

最近、「そだねー」とか「したっけ」とかいうのが注目されているようですね。
北海道弁がかわいいとかなんとか・・・

でも「そだねー」は北海道弁でないとかそのようなことも言われたりしてます。

でも私は、「そだねー」も「したっけ」も間違いなく北海道弁だと思ってます。
札幌にいたとき普通に聞いてました。

「そだねー」は言われているように、
「そうだよねー」
関西では
「そやねー」

ちなみに滋賀県北部から福井県嶺南地方では、
「ほや」

でも同じ「そだねー」でもその時の状況によってちょっと違います。
普通に同調するときは、
「そだねー」

でも確信がある時とか、決心があるときは、
「そっだね!」

文字で書くと微妙なニュアンスが伝わりにくいのですが、後ろは伸ばさない感じがします。


「したっけ」は日常皆さん使ってました。
意味としては、
「そしたら」とか「それじゃあ」という時に使ってました。

・・・・○○へ行ったんだ~。したっけ△△に会ったんだわ~・・・・

とか、

一緒に帰って別れるときに、「したっけ・・」と言って手を振るとか。

とか。


でも「そだねー」と同じくらい

・・「そだべ」・・

という言葉もよく聞いたかも?

「そだべ」は「そだべ?」というニュアンスの使い方、つまり「そうだろ?」という疑問詞的な感じの使い方ですね。

でも特に記憶にあるのは、こちらでは命令形はお段でいうのですが、「え段命令形」の
「早くすれ!」・・・”早くやれ!という意味”
と、

「ゴミ投げといて!」

・・えっ?これ投げるの!!?
(最初に言われたときはわかりませんでした)

でした。


でも良いですよ!北海道弁は!(^^)v

これを書いた直後、日本女子カーリングが銅メダル決定!
おめでとうございます!(^^)v
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2018年

02月23日

(金曜日)

”こだま”運転終了!お疲れ様でした(^_^)/~

こんにちは
院長の山口です。

去る1月27日、”こだま”が最終運転を迎えました。

・・・と言っても新幹線の”こだま”号ではありません(当たり前か)

某北新地にあった”バーこだま”というお店が「廃止」になってしまったのでした(涙)

まあ、普通の、といか普通でないというか、鉄道とビートルズが好きな店主がされていたお店で時々遊びに行ってました。
昔、10年以上前にも、某北新地に「鉄道バー」なるところがあって、たしか「北新地鉄道恋道路(レトロ)」という店があって、行ったことはありましたが、比較的早く無くなった記憶があります。

あと、大阪市内の環状線寺田町駅の近くに鉄道カフェみたいなのが出来たり、最近では京都祇園にあった「デゴイチ」というお店が閉店したり・・
鉄ちゃん、鉄子を相手にしても儲からないのでしょうかね・・

どの店も、店内にNゲージまたはHOゲージのレイアウト(ジオラマ)があり、それを見ながら飲食するというスタイルでした。
もちろん、車両も持ち込みOKで、自分の持ってきた車両を走行させる事も出来て子供から大人まで楽しめるところもありました。

数年前に、北区の同業の先生から、
「先生!鉄道好きか?」
と聞かれ、
「はあ、まあ・・」
と答えると、
「一緒に行くか?」
「はい・・」

みたいな感じで教えてもらったお店が”トレインバー・こだま”でした。

ここはほんとにカウンタ数席のバーで広くもないのですが、店主の鉄道とビートルズの知識が豊富でまあ、マニアックなお店でした。

IMG_1438.jpg

カウンターには線路が引いてあり国鉄時代からの列車や私鉄までいろんな列車が走ってました。
これは阪急電車ですね!

見ればわかると思いますが、これは「Bトレ」という模型で、見た目やゲージ幅はNゲージと同じで全長がNゲージの半分(約6センチ)なのですが、メリットは狭いスペースでエンドレス運転が出来ること、またNゲージのパーツを用いて改造も出来るということで、狭いカウンターの上でも走らせることが出来ます。

IMG_1412.jpg

EF65-1000型電気機関車ですね。
小っちゃくてかわいいです!

Nゲージをギュッと縮めた感じです。

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普段は「鉄分」を隠しているおっちゃんが、お酒飲んで電車の話で盛り上がります!
おっちゃんの前には、ディーゼル機関車と客車列車が走ってます。

この店主、まだ30歳前後なのですが、古い時代から最新のことまで鉄道のことに詳しすぎてビックリです。

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この方が、この店を教えてくれた先生です。
ちなみにほとんど「鉄分」はありません(笑)

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こちらが店主。
ビートルズのことについての知識はハンパなく、私は話題に入っていけません(>_<)

残念ながら”こだま”が廃止されましたが、こんなお店が1件ぐらいあってもいいのにな・・・
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2018年

02月22日

(木曜日)

歯医者にならなくてよかった・・!?

こんにちは
院長の山口です。

歯医者さんになって良かった?よくなかった?

と聞かれたら、どっちだろうか。
結果的には良かったと思ってはいます。

私の一家親戚一同医者、歯医者はいなかった。
別に「医者になれ」と言われたこともないし、「勉強しろ!」と怒られたこともない私であったが、何故か医学に興味を持ったのである。

だから、この道に進んだらどうなるのか?なんて全く未知でありました。

私の高校までの同級生は?というと・・・・

中学の時の同級生Aが高校から私立に進学し、某国立大学の歯学部に進み、現在京都府で開業しているようだ。
高校の時の同級生Bは確か1浪して某国立大学の医学部に進み、現在母校で勤務している。

わたしが歯学部卒業した時点で、それくらいしか医師歯科医師になった方は知らない。

同級生Aには中学以来会ったことはないのだが、もし会うことがあったら聞いてみたい。
「歯医者になって良かった?」
と。

でも、世の中には間違いなく
「あなたは歯医者にならなくてよかった!!」
と思う人がいます。

ご存知ですよね?

井上陽水さんですね!

陽水さんは、実家が歯科医院で、歯学部を目指さざるを得なったのでしょうね。
九州歯科大学というところを3回受験したそう。

何故九州歯科大ばかり・・?
九州には歯科大・歯学部のある大学が、九歯大、九大歯、鹿児島大歯、長崎大歯、福岡歯科大と5つもあるに・・

と思ったが、陽水さんが受験した時代、おそらく1966年頃だろうが、その時には、九州には九州歯科大学しかなかったからなのか!と。
1967年にやっと九州大学歯学部が開設されてます(たぶん北大歯学部開設と同じ時期ですね)

でも、3回受験失敗して歯医者になることを断念したからこそ、あのような素晴らしい曲や詩が世の中に出たのですから!
もし陽水さんが歯学部に進んでいたら・・・それでも音楽の道も進んだのでしょうかね?

私も中学の時に始めたギター・・・・
もちろんへたくそながら、曲も作ったりしたけど、これで飯を食おう!とは微塵も思えなかったな・・下手すぎて(笑)

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右から、モーリスW-100、オベーションアダマス、ヤマハエレガット の3本のギター。
あと、12弦ギター(アコースティック)とエレキギター(ヤマハと跡なんか忘れた・・)もあるが、倉庫に眠ってます。

今、趣味として時々弾くくらいがちょうどいいのかも。


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2018年

02月21日

(水曜日)

リハビリ!第一弾は”ワフ29500”で”! その4~できた?!~

こんにちは
院長の山口です。

さて、集電ですが、車軸を受ける金属のプレートからとるのが一般的かなと思い、車軸受けの真ん中を磨いて電線をハンダ付けしました。
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電線は前後のテールランプ用と室内とに分けてそれぞれに振ります。
車輪と車輪の間にはウェイトを入れなくてはならないので何とか配線を整えて「臭いものにフタ」のごとく隠してしましましょう(笑)

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荷物室から出ているコードが室内灯用のものです。

昔は室内灯は12Vの麦球とか米粒球とかの電球を使っていましたが、いまではLEDが主流になっています。
消費電力も少なく、超大編成でも電力消費が少なくて済みますし、発熱もありませんし好都合です。

今回は、たまたま取ってあったテープLEDのサンプルがあったのでこれを使用します。

IMG_1739.jpg

しかしLEDというのは電球と違って指向性があり、電流のプラスマイナスを変えると点灯しません。

HOゲージとかNゲージとかの多くの鉄道模型というのは、2本ある線路の片側をプラス、もう片側はマイナスの電流が流れていて(つまり直流)、左右の車輪から集電してモーターを回して走行します。、
前進と後進ではプラスマイナスが入れかわるわけですので、このまま直に室内灯を繋ぐと前に進むときは点灯するけど、後ろに進むときは点灯しない、みたいなことになってしまします。

テールランプはそれでいいのですが、室内灯は前後どちらの方向に進んでも点灯するようにしなくてはいけません。

そこで、日本橋の電子パーツ屋さんにて「ブリッジダイオード」なるものを購入してまいりました。
ついでに明るさ調節のための「抵抗」とチラつき防止のために「電解コンデンサー」も仕入れてきました。

それらをハンダで結線して、コードは荷物室にひとまず押し込んで大体出来上がりです。

IMG_1741.jpg

さて、線路に電気を繋ぐと・・・・・

IMG_1742.jpg

おおー!ワンダフル!

いいじゃないのー!

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塗装のムラも悪くない。
車掌室の中が見えるのがいいですね。

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夜行貨物列車の雰囲気出てるかな!?

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他の2軸貨車と一緒に。
あと、手すり塗ったり、デカール貼ったりしなくてはいけませんが、とりあえず形になったようです。
別にあったブレーキホースを取り付けます。
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久しぶりの工作でしたが、リハビリにはちょうどよい感じでした。

ハンダ付けも数十年ぶりでした。
中学の頃、ゲルマニュウムラジオの組み立てを機に1石~4石トランジスタラジオの組み立て(もちろんキットですが)をしていたので、それ以来のハンダ付けでした。
電子部品は熱に気を付けることだけはわかっていたので、へたくそながらもその辺はなんとか出来たようです。

しかし、真鍮模型を組むのとはまたハンダ付け伸し方とかは違うので、鉄道模型に慣れるためにまだまだ少しずつリハビリが必要かな!という感じでした。
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2018年

02月18日

(日曜日)

リハビリ!第一弾は”ワフ29500”で”! その3

こんにちは
院長の山口です。

さて、サーフェイサーを吹きます。

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サーフェイサーはMr.クレオスの#1000のグレー色です。

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乾かした後、「艶消しブラック」で塗装します。
エアブラシなんてものはありませんですので、スプレータイプの塗料ですね。

・・・やっぱり均一に吹くのは難しくムラガあります・・・(*´Д`)

さて、1日ほど乾かして組み立てにはいります。
診ての通り、部品数にしたら、昔の100円程度のプラモデルレベルですが、このキットには下回りのみ組立図があるのですが、上回りは特にはありません。

まあ、特に難しくは無さそうなので、進めていきます。

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とはいえ、色々と考えながら作っていたので、写真は撮り忘れてます。

作製するときに、
①テールライトと室内灯を組み込むこと
②車掌室の室内を組み込むこと

を始める前に考えてたので、まずは、室内を作っていきました。
車掌室の現役時代なんか当時じっくりと室内を観察したことがないので、雑誌などを参考にしていきました。
車掌室の机と椅子、ロッカー(実際にあったのかは知りませんが)長椅子、そして一番作りたかった「ダルマストーブ」を、紙やプラ板等で作って塗装しました。

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室内の塗装はよもぎ色を塗りました。

CIMG1527.jpg

さてダルマストーブですが、パテを丸めたり伸ばしたりして作り、煙突はプラの棒を使用して作りました。
その上から、メタルブラックを塗りました。
設置場所は屋根にストーブ用のベンチレーションがあるので、その位置を考えながら取り付けしました。
まあ、雰囲気出てるかな・・・という感じですが。

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この時点ではまだボディーは接着してません。
さて、下回りを組んであわせてみます。

次のミッションである室内灯とテールランプ点灯の作製をしていきます。
CIMG1530.jpg


おっと!その前に車輪からの集電をどうするか・・・・
色々試行錯誤していくのです・・・・・


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2018年

02月15日

(木曜日)

高松駅から讃岐うどん食べ歩きへ!・・・もうたべられません・・

こんにちは
院長の山口です。

さてさて、次は丸亀市のほうに向かいます。

土器川の堤防に沿って北上すると、「なかむら うどん」さんがあります。
ここは、ぜひ食べてみたいと下調べをしていたのですが・・・・・

駐車場の入口には警備員が立っており、大きく左右の腕を上げて”バツ”のポーズ・・
もう営業が終わったのか、満員かはわからにですが、そのまま素通りになってしまいました(涙)

ここもそうですが、大概讃岐うどんのお店はお昼過ぎには閉店ってところが多いようですね。


仕方がないので、丸亀市内へ入り、とりあえずお城見学。
CIMG1494.jpg
お城から瀬戸内海がよく見えます。

あと、近くの讃岐うどん店を調べて行ってみたが、閉まっていたので、予讃線に沿って東へ移動。
宇多津駅を左手に進んでいきます。

このあたりは、瀬戸大橋線が開通する前の旧予讃線時代の宇多津駅にあたり、さらに西に行くと見えてきました。
「おか泉」さん。

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人はいなさそうですが、もちろん満席状態です。


さすがにもう満腹状態でありました。


今回はこのまま瀬戸大橋を渡って帰路につきました。

そのうち、今回行けなった店や別のお店のうどんを食べに行きたいと思います!
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2018年

02月13日

(火曜日)

リハビリ!第一弾は”ワフ29500”で”! その2

こんにちは
院長の山口です。

最近、歯科のお話が少ない!って?

すいません(^_^;)
時々書きますので・・・・汗


さて、まずリハビリ第一号にプラの貨車を選びました。

ワフ29500型の貨車。
これは、車両のうち半分が貨物室で半分が車掌室というもの(有蓋緩急車という)です。

昭和60年くらいまでで、コンテナとかタンク貨物列車などを除いて、所謂2軸貨車は廃止になりました。
それまでは、貨物列車にも車掌さんが乗車する「車掌車(緩急車)」というものが連結されていました。

「緩急車」とは、ブレーキ制動をもつ車両のことだそうで、昔は貫通ブレーキ(機関車から制御して全車両にブレーキをかける)なかった時代に制動手なる人がブレーキを掛けていたのが、ひとつの車両として「緩急車」、まあ車掌車になったらしい。

だから、貨車だけでなく客車も車掌車のある車両は制動装置(手動でブレーキをかける)がありました。

ちなみに、形式名の「ワフ」の「ワ」は有蓋車、つまり”ワゴン”から由来。「フ」は、”ブレーキ”のブがフとなったそうな・・・
(形式とかはよく知らないと書いたが、昔の国鉄時代の形式ルールはなんとなく憶えているのである・・)

このワフといわれる有蓋緩急車は基本的に全国で見られたと思うのですが、主にローカル線で使用されてました。
個人的には、タンク機関車のC11,C12型や、昔の小海線で使用されていたC56型が2~4両の貨車を牽いているのが一番似合うかなという印象です。
しかし、貨物の少ない時期はこの「ワフ」1両だけの貨物列車もありました。

1両全部が車掌室の車両もありましたが、あまりローカル線では見なかった気がします。

前置きが長くなりました。
まずは、プラモデルと同じだろう!ということで、中性洗剤で洗います!
これは表面の油脂を取り除くためです。

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洗ったら乾燥させます。

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さて・・・先にある程度組み立ててから塗装をするか・・・・最初から塗装するか・・・・

組み立てる物にもよりますが、今回は黒一色の貨車ということで、組む前に塗装しちゃいます。
塗装しなくても黒色なのですが、やはりプラスティックっぽくなると思われるので、ツヤなし黒で塗装するほうがいいかなっと。


乾燥が終わったら、下地をつくるため、サーフェイサーを吹きかける準備に入ります。

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これは、段ボール箱で作った簡易塗装ブースである(~_~;)

ふう、今日はここまでにしといてやろう・・・(笑)

・・・・実は塗装は上手くないのであった・・・
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2018年

02月11日

(日曜日)

リハビリ!第一弾は”ワフ29500”で”!

こんにちは
院長の山口です。

最近鼻水がタラーッと出てきます。
風邪ではないので、花粉症が再発したのかなと思ったのですが、まだ時期が早いような気もします・・・

”男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。”

これは中学校や高校の古文の授業ででてくる土佐日記のはじまりの件(くだり)

”昔、男ありけり・・”
とか
”月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。"
とか、当時は暗記させられたので、いまでも最初の件は出てくるのだが、

これを私に当てはめてみると・・・
”父もすなる鉄道模型といふものを、私もしてみむとて、するなり”

となるのだろうか。

ただ、私は小学校の時からプラモデル作りをよくしていたし、模型作りははじめてではない。
父の影響で鉄道模型もお年玉でスタートしたのも、その後ちょいちょいと購入したり、プラキットを組んだりはしていたが、そこまででありました。

まあ、なにはともあれ数十年の時を経てまた、首を突っ込んでみようと思ったのである・・


まずはリハビリである(笑)

日々仕事で細かい作業を行っている。
日々の仕事はミリ単位ではない。もっと細かい精度の仕事である。

だからたぶん模型感覚はずぐに戻ってくるかもだが、なんせ数十年のブランクがある。
しかも昔はやらなかった「真鍮による組み立てを最終の目的としてみたい。

最初のリハビリに選んだのは・・・・・・

エンドウの貨車プラキットである「ワフ29500」であった・・

CIMG1446_2017112717333076c.jpg

これは、昔に私がいつか作ろうと買ったもので私自身も購入したことを忘れていたのである。

ここから始めてみようと思います!


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2018年

02月07日

(水曜日)

”夜叉”と健さんと敦賀駅

こんんちは
院長の山口です。

今から33年前に”夜叉”という映画が封切られた。

”人斬りの夜叉”とミナミでは名の知れたヤクザ修治(高倉健)が足を洗い福井県の若狭湾にある港町で漁師として生きているのだが、この街にミナミから来た飲み屋の女将である蛍子(田中裕子)のヒモの矢島(ビートたけし)がミナミの組に拉致されたのを助けに修治がミナミに行くという話である。
(すいません、これではどんな話かわかりませんね!)

舞台は若狭湾に面した美浜町の日向という地域でロケされている。

当時は、
田中邦衛扮する啓太の息子が父に内緒で東京に出ていくという設定で、健さん扮する修治が敦賀の駅まで漁船を使って送るのだが、「小浜線の美浜駅まで車で送るほうがよっぽどはやく敦賀に着くのに・・・」

とか。


くだらない突っ込みを入れながら見てました(恥)

まあ、映画の内容はいろいろな感想があると思うが、私としては、最後ミナミへ帰る蛍子が敦賀駅から大阪に向けて乗った電車のなかで悪阻を起こし、列車の洗面所の鏡をみて微笑んだところが印象に残ってますね。

・・・・つまり”夜叉”の子を身籠ったということですが・・・・

CIMG1782.jpg

健さん!カッコいい!!
健さんの映画を初めて見たのは1982年に封切られた「海峡」という映画でした。
予備校仲間と見に行ったのですが、そいつはこの映画に影響されたのか工学部土木工学科に入学しました

また話は逸れましたが、こういう居酒屋というか飲み屋の場面は健さんは似合いすぎます!

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なにが書きたいかというと、この映画では敦賀駅の場面が結構あり、懐かしい光景を思い出させてくれるな!
というなんて事のない話でした。
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2018年

02月06日

(火曜日)

高松駅から讃岐うどん食べ歩きへ!・・・まだまだいけるよ・・・

こんにちは
院長の山口です。

さて今度は高松市内を外れて少し郊外のうどんを食べにいくぞ!
ということで、高松市から南の方向へ、進みます。

讃岐うどんは高松に限らず、結構田舎の郊外にも行列の出来る店があるようです。

香川県綾歌郡にある「山越うどん」というお店が人気ありそうなので向かったのですが・・・・・
行列がハンパなく出来てます。
100メールは余裕でオーバーしてます・・・

とても待てません・・

仕方ありません。近くに「手打ちうどん はゆか」さんというところに参りましょう!

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うん!ここならまだ行列は少ないぞ。
でも次々と人がやってきます。

なんとか少しだけの行列で入れました。
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空いているように見えますが、空いていませんよ(笑)

さて食べましょう!
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やはり、”するっ”と食べられます。

先ほどの「山越うどん」さんはどうなったのか見に行きましたがさらに行列に拍車がかかっていたので今回は断念です。
つぎは、丸亀市のほうへ向かいます!

丸亀にもたくさん美味しい店があるので、まだまだ続きます。
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2018年

02月05日

(月曜日)

高松駅から讃岐うどん食べ歩きへ!・・・さらに続き・・・

こんにちは
院長の山口です。

讃岐うどん食べ歩きの続きです。

2軒連続食べたので、少し運動がてら歩きます。

高松駅から東へ進むと大きな通りがあり、その東側が高松城跡であります。
その右手には、琴電の高松築港駅があります。
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正式には、「高松琴平電気鉄道」というらしく、金刀比羅宮(こんぴらさん)の麓まで約1時間で結んでいます。
これはこれで興味あります(笑)

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高松築港を発着する琴電ですね。
右側に高松城の石垣が見えます。

琴電は置いといて・・・・

まずは琴電の駅横にある天守閣跡に行ってみます。
西門から入って、二の丸を右手に行くと屋根付きの橋「鞘橋」をわたります。

CIMG1473.jpg
橋を渡ると本丸となり、天守台があります。

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取り壊しされる前の明治時代に撮影された天守閣です。
天守閣の規模は高知城や松山城を凌ぐものだったそう。


CIMG1475_20180131104626ca0.jpg
これは天守台から北方面を眺めたものです。
瀬戸内海が見えます。

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左に向けると、鞘橋の向こうに琴電高松築港駅が見えます。

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これを見ると、いわゆる海城であり、堀の水は海水であり、そのまま海に船をだせるようになっていたようですね。

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これは瀬戸内海に当時めんしていたであろう月見櫓と水門です。
天守閣みたいな立派な櫓です。

このあと、場内にある披雲閣というところに行ってみます。

CIMG1481.jpg
ここは松平家の高松別邸として、1917年(大正6年)に竣工した近代和風住宅建築とのこと。

とても素敵で大きな木造の建物ですね。

そのあとぐるりと歩いて高松駅までウォーキング致しまた!

さて、つぎのうどんはどこにしよう・・・
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2018年

02月03日

(土曜日)

誰のだろう・・・?

こんにちは
院長の山口です。

以前に書きました「田舎の終活」も終わり、最後に納屋にあった荷物を整理したときに、1枚のパネル写真がありました。

それが、これ。
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父に、
「祖父は汽車が好きだったの??」

「いやー、知らんなー」

「叔父さんは?・・(いや叔父さんは車好きだったけど・・・鉄道が好きだとは聞いたことがない・・・)

「知らんなー」

祖父が自分で撮りに行って写真を引き伸ばし、パネルに貼りつけたのだろうか?・・・・・

いや、そんなはずがない。誰か写真家が撮ったものを引き伸ばしたのか?・・・・・

ちなみにこのショットは、鉄道ファンにとっては超有名な、”伯備線布原のD513重連”である。
布原信号所を発車した貨物列車はこの鉄橋を渡るとすぐにトンネルに入るのだが、このトンネルのある山には連日三脚を立てた撮り鉄様たちで賑わったのである。

蒸気機関車の撮影はその時の風向きや気温で大きく変わるため難しいらしい。
・・・ある程度煙を吐くこと・・・(やっぱり上り勾配がいいらしい)
・・・その煙の色や風向きが重要で列車に纏わりついてないこと・・・
・・・寒いほうが蒸気も含まれてより迫力があること・・・
・・・機関車が2両、3両つながるとその迫力が増すこと・・・

いろんなことを想定して、撮影に相応しい場所というのが自ずと決まってくる。

この”布原の3重連”は条件がいいらしく、凄い有名な場所でした。

私は小学校低学年の頃。
当時のことはもちろん知りません。

以上の撮影条件を考えてもこの写真は見事な写真だと思います。
IMG_1980.jpg
望遠レンズで少し寸詰りにして、発車時の加速時(しかも登り)、煙の上がり方、風向き・・・
バッチリとしか言いようがない。


これを大切に(かどうかは知らんが)おいてあった。  

誰のものだったんだろう・・・?

・・・もちろん私が大切に飾らせていただきます(笑)
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