山口歯科Blog | 大阪 天満・天神橋の歯医者さん
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2018年
12月05日
(水曜日)
”鉄道の町”・・・・歴代の敦賀駅その2
こんにちは
院長の山口です。
前回のつづきです。
初代敦賀駅は気比神社の前あたりにあり、さらにそこから北上して敦賀港まで開通しました(駅名は当時は金ケ崎)。
明治17年には滋賀県の長浜駅まで開通し、琵琶湖水運を通して京都・大阪へ行けるようになりました。
また、敦賀港は、国際港として開港すると、ロシアや大陸との定期航路に連絡する東京からの直通列車が運行されるようになります。
明治25年に「鉄道敷設法」が公布されると、敦賀から福井、金沢、富山へのルートが調査され始めました。
敦賀から今庄までは、海側の山の斜面を登り、山中越えを経て今庄に達する厳しいルートとなり、明治29年7月に敦賀↔福井間が開通しました。
しかしまだこの時は、敦賀駅の位置は変わらず、スイッチバックして福井に向かっていたようです。

福井方面に向かう列車は、進行方向が逆向きになるわけですね。
この頃の敦賀港の様子です。

(明治30年頃 ”ふるさと敦賀の回想”より)
港はたくさんの船で溢れており活気がありそうです。
また手前には貨物車が見えます。
この駅配置は不便だったのと、駅が手狭になったんでしょう。
明治42年に現在の位置に移転となりました。
そのちょっと前の明治35年に初めて、米原↔敦賀↔金ケ崎 を「北陸線」と言うようになったそうです。

(明治42年測量)
駅の手前から右カーブしている現在の駅の位置となりましたが、敦賀港へ向かいう線路はそのままなので、やはりスイッチバック式に進まなくてはなりませんね。
駅移転の1年後、明治43年に2代目の敦賀駅舎が誕生します。
この時にほぼ北陸線(米原↔直江津間)が全通していましたが(正確には大正2年全通)、戦争で被災するまでは、「北陸一の大駅舎」と言われていたそうです。

(明治43年6月 ”ふるさと敦賀の回想”より)
とても立派な駅舎ですね。和洋折衷な感じがします。
記録がないのでわかりませんが、ひょっとしたらこの頃に敦賀港線が現在のように分岐するようになったのでしょうか・・・?

(昭和9年測量)
ほぼ今のルートになりました(まだ北陸トンネルはありませんが。。)
こうして2代目駅舎は戦争で焼かれてしまうまで、敦賀町(のちに市)の顔として使用されました・・・・・続く

院長の山口です。
前回のつづきです。
初代敦賀駅は気比神社の前あたりにあり、さらにそこから北上して敦賀港まで開通しました(駅名は当時は金ケ崎)。
明治17年には滋賀県の長浜駅まで開通し、琵琶湖水運を通して京都・大阪へ行けるようになりました。
また、敦賀港は、国際港として開港すると、ロシアや大陸との定期航路に連絡する東京からの直通列車が運行されるようになります。
明治25年に「鉄道敷設法」が公布されると、敦賀から福井、金沢、富山へのルートが調査され始めました。
敦賀から今庄までは、海側の山の斜面を登り、山中越えを経て今庄に達する厳しいルートとなり、明治29年7月に敦賀↔福井間が開通しました。
しかしまだこの時は、敦賀駅の位置は変わらず、スイッチバックして福井に向かっていたようです。

福井方面に向かう列車は、進行方向が逆向きになるわけですね。
この頃の敦賀港の様子です。

(明治30年頃 ”ふるさと敦賀の回想”より)
港はたくさんの船で溢れており活気がありそうです。
また手前には貨物車が見えます。
この駅配置は不便だったのと、駅が手狭になったんでしょう。
明治42年に現在の位置に移転となりました。
そのちょっと前の明治35年に初めて、米原↔敦賀↔金ケ崎 を「北陸線」と言うようになったそうです。

(明治42年測量)
駅の手前から右カーブしている現在の駅の位置となりましたが、敦賀港へ向かいう線路はそのままなので、やはりスイッチバック式に進まなくてはなりませんね。
駅移転の1年後、明治43年に2代目の敦賀駅舎が誕生します。
この時にほぼ北陸線(米原↔直江津間)が全通していましたが(正確には大正2年全通)、戦争で被災するまでは、「北陸一の大駅舎」と言われていたそうです。

(明治43年6月 ”ふるさと敦賀の回想”より)
とても立派な駅舎ですね。和洋折衷な感じがします。
記録がないのでわかりませんが、ひょっとしたらこの頃に敦賀港線が現在のように分岐するようになったのでしょうか・・・?

(昭和9年測量)
ほぼ今のルートになりました(まだ北陸トンネルはありませんが。。)
こうして2代目駅舎は戦争で焼かれてしまうまで、敦賀町(のちに市)の顔として使用されました・・・・・続く
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